+++ 実際のセルフ夢分析体験+++
【夢の解釈もいろいろ】
夢は無意識の産物であり、イキモノ・ナマモノです。
自分がみた夢が、いったいどんな意味があったのか、何故その夢を見る必要があったのかということが、後からふりかえって腑に落ちることもあります。以下にご紹介する実際の夢分析で、私たちの意識(現実)の世界と深く見事にリンクしていることが伝われば、と思います。
タイトル:「必殺・仕事人な夢」
『私は特殊任務を受けた部隊に所属しているらしい。男性2人と私の3人でチームを編成し、巨大なビルに潜入する。そのビルは、アンダーグラウンドな組織のダミー会社だが、真っ昼間から上階で幹部会議が行われている。私たちの任務は、その幹部を襲撃し皆殺しにすることらしい。
エレベーターで上階へ向かう場面になる。目的の階についてドアが開くと、会議が終わった幹部たちが揃ってエレベーターを待っているはず。その油断したところを襲撃し、一瞬で仕事を片付けて撤退する予定だった。
ところが、仲間の男性の一人(若い青年。まだ経験不足で首尾が悪い)がミスを犯し、退去がもたついてしまう。さりとて青年が撤退できるまで待っていれば逃げ道をふさがれ、私たちの方が皆殺しになるおそれがあるという、まさに危機一髪、生死を分ける究極の選択を迫られる状況。
そんな想定外の出来事をも想定していたのか、もう一人の仲間(仕事人としてプロの厳しさを備えたベテランの男性)は、青年を置いて2人で撤退することを促す。私は迷う。しかし時間がない。結局、たいへん後ろ髪を引かれる思いで撤退を試み、無事にビルから脱出することができる。撤退に踏み切った決め手になったのは、「私は生きたい」という思いだった。
外に出るなり、クールにタバコをふかすベテラン仕事人の隣で「プロって厳しいなぁ。私はまだまだ情けも甘えもありすぎる」と、青年を置いてきたことを悔やむ気持ち半分。
そして「経験の少ない彼は、こういった修羅場を自力でくぐり抜け、自分の命は自分で守ることを学ばねばならない。それが嫌なら、こんな仕事はやらない方がいい」と、彼の生命力や危機を脱する底力を信じる気持ち半分の私。 そして、きっとこんな葛藤はとうの昔に乗り越えてきたんだろうな。常に死というリアルな現実をみつめて最善を尽くすことにコミットしたベテラン男性を眺めるところで終わる。』
この夢は、夢分析セラピストとしての訓練をしている期間中にみたものです。当時の私が、この夢の中で気になったのは「私は生きたい、生きねば」という強い思い。 自分のことは後回しにしたり、感じたことを表現せずに窮屈な思いをしがちな自分を解放するというのがテーマだった時期ですから、気になるのも然りですね。 そしてこれは「私の命を優先します」という宣言をする夢だったとも言えます。自分を命の重みを知っている人こそ、人の命の重みも抱えることができる。そんなメッセージを受け取ったのを覚えています。
夢をみてから2年近く経った今では、時間の経緯とともに体験してきたことを踏まえて、俯瞰して見ることができるようになっています。思い返せば、この頃の夢は暴力的・攻撃的・戦闘的なものがやたらと多かったのです。
ずいぶん昔に封印してしまった熱いエネルギーをふたたび解き放ち、適切で有益な使い道・使い方を模索していた大切な時期でした。それとともに、カウンセラーとしてどのような“あり方”をすべきかという課題を背負った時期でもあったのですね。(現実の世界でも、自分自身に負けてしまい、クライエントさんにとって役立つ“あり方”が選び取れない不甲斐ない自分を、痛みをともなって感じることが多々ありました。)
プロとしての覚悟を決めるには、青年の生命力を信じて置いてくるという選択が必要だったのかもしれません。言いかえれば、自分の生命力や困難を乗り越える力を信じることを決めた瞬間でもあったでしょうし、そういった信頼をクライエントさんに対しても向ける準備をしていたとも言えますね。
こんなふうに、夢の解釈は決まった形を取るわけではなく自分が腑に落ちる形でメッセージを含んでいるのではないでしょうか。夢を見た当時はピンとこなくても、後から振り返ればギョッとするくらい現実の世界とリンクしていることもあります。 つまりは、好きに分析したらよいのです。 受け取りたいものを、受け取りたいときに受け取り、自分自身の心の滋養としてゆけばいいのです。他人によるいくら立派な講釈や分析でも、自分の生き方に融合するものでなければ意味がありません。
腑に落ちたとき。そのとき得たものが、もっとも役に立つ気づきや意味であり、これからの自分を支えていく確かなものだと感じます。私たちを支えるのは私たち自身です。そして私たちが何を手に入れてゆけばよいかは、本当は無意識を含む「私」たち自身が知っていることなのです。
過去の夢、最近の夢、ぜひ活用してみてくださいね。
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